在日クウェート国大使館

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ABOUT THE EMBASSY

クウェート国大使館
Embassy of the State of Kuwait
〒108-0073
東京都港区三田4-13-12
TEL:03-3455-0361
FAX: 03-3456-6290

領事案内:
申請時間 09:30~11:30
受領時間 15:00~16:00
休日 土・日曜、両国祝祭日


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クウェイトの島々

クウェイト沖にはFailaka(ファイラカ)、Bubiyan(ブビヤーン)、Miskan(ミスカン)、Warba(ワルバ)、Auhha(オーハ)、Umm Al-Maradim(ウンム・アルマラディム)、Umm Al-Naml(ウンム・アルナムル)、Kubbar(クバール)、およびQaruh(カルハ)の9つの島があります。

Bubiyan(ブビヤーン島)

アラビア湾の北東に位置するこの島は最大の面積(863km2)を持ち、金属コンクリート製の橋で本土と結ばれている。
ブビヤン島は最大の島(863km2)であり、本土とは鉄橋で結ばれており、アラビア湾の北西に位置している。

Warba(ワルバ島)

ペルシャ湾の北端に位置し、面積は37km2です。

Miskan(ミスカン島)

この島はファイラカ島の北側に位置しています。

Auhha(オーハ島)

この島はファイラカ島の南側にあります。

Umm Al-Nami(ウンム・アルナミ島)

クウェイト湾の入り口に位置しています。ここで、イスラム教の遺跡が多数発見されました。この島の近くに、現在ではShuwaikh(シュワイハ)港湾倉庫と不可分のAkkaz(アッカーズ島)があります。

Kubbar(クバール)、Qaruh(カルハ)、Umm al-Maradim(ウンム・アルマラディム)

これらの島々はアラビア湾の南側に位置しています。海鳥の大群が生息していましたが、狩猟や水泳を楽しむ観光客が定期的に島を訪れるようになると、その数もかなり減少してきました。

ファイラカ島

クウェイトにおけるもっとも古い遺跡はファイラカ島(クウェイト市から北東約20キロの沖合いにある、全長12キロ、幅6キロの小島)にある。ファイラカ島を最初に発掘したのは、デンマークの考古学調査団で、1958年のことであった。この発掘調査により紀元前3000年頃から紀元前1000年頃までの青銅器時代の遺跡が発見され、出土品の中には、メソポタミアで発掘されたシュメール文明の遺物と同じ赤レンガ、約400キロ南のバハーイン島で発見された滑石の印章と同じ物や陶器などが含まれていた。これらからファイラカ島は、紀元前2800年頃、バハーイン島に興ったディルムーン文明と密接な関わりを持っていたことが判明した。ディルムーン文明は、メソポタミアとインダス河流域の古代都市間の交易ルートを支配しており、ファイラカ島もその交易の中継地としてディルムーン文明と共に繁栄したのである。
また、その後の発掘調査でギリシャ製陶器やコインなどアレキサンダー大王時代の遺物・遺跡も発見されている。インド遠征途中、アレキサンダー大王率いる艦隊の一部が遭難しファイラカ島に漂着した。ギリシャ人はこの島をエーゲ海のギリシャの島に因んで、「イカルス」と名付け、住居や道路、そしてアラビア半島から運んだ魚卵状石灰岩でアポロ神とアルテミス女神を祭った神殿を建設した。新田の遺跡から発見された石の銘板に「イカルス」という名が刻まれており、これはファイラカ島を「イカルス」と名付けた上述の歴史的事実を裏付けている。
また、素焼き土器を作る炉のあるレンガ作りの仕事場が見つかったが、これは紀元前3世紀頃に栄えていたと思われる文明の進んだ共同社会がファイラカ島に存在していたことを物語るものである。
現在のファイラカ島は歴史的に重要な場所のみならず、スウィミング・プールやレストラン、スポーツ施設などを完備したレジャー基地として、クウェイト国民の憩いの場となっている。